…鴇矢氏 なんか、 今までに 「彼」と 同席する たんびに 、これで もか、こ れでも
かって、 畳み込ん でくる痛 烈な言葉 で椰揄( からかわ )れ、冗 談とも受 け取れ
兼ねない ほど、こ き下ろさ れている のに…「 石渡氏が いないの は張り合 いがな
いょ…」 なんて事 もなげに 言うんだ なぁ…。 戦場で… 何度も生 死を共に した戦
友てなぁ …、お世 辞抜きの 付き合い だったか ら、現在 でも延々 と脈打っ てて堅
い絆で結 ばれてる ってぇ証 拠だょ… 。あの頃 から50 年以上経 過っても 戦友っ
てなぁ、 いいもん だね…。 そこえい くと、お いらなん か、あの 御仁とは 当時、
所属大隊 が別々だ から、顔 を合わせ たことも なかった …。現今 (いま) から、
ほんの1 0年ほど 前に、と ある「戦 友会」で 一緒にな ってから の付き合 いなん
だけど、 「あっ… 」と言う 間にお互 いに親近 感を持つ ようにな っちゃっ た…。
尤も、同 聯隊にい たんだか ら、戦場 体験は似 たり寄っ たりで大 抵の話は 通じ合
うんだ… 。あの矢 後氏にし たって、 あの頃の おいらぁ 、「野重 八」から 一緒の
隊伍を組 んで中支 の「トセ 部隊」に 入隊して きた仲な んだけど 、終戦後 、43
年も経っ てからお いらが初 めて山梨 の石和温 泉での「 トセ三会 」に参会 した時
、偶然同 席する迄 、縁がな くって… 話を交わ したこと もねぇん だょ…。 それ以
来付き合 いなんだ …。終戦 後も「江 湾」の集 中営舎で 同じ「三 中隊」に 所属し
ていなが ら、言葉 を交わす 機会がな かったと 言うのも 、当時は 混沌とし た状況
の繰り返 しで…各 中隊、各 分隊の移 動が激し かったか ら、行き 違いの連 続で…
そんなこ とになっ ちまった んだろう なぁ…。 矢後氏が …「トセ 三会」の 運営を
していた 頃、おい らぁ…何 回かお手 伝いをし てたから 、あの御 仁の律儀 な性格
と真面目 な思想に 敬服し… 、今日に 至ったと 言う次第 だ…。「 5・1会 」の面
々だって 、どの方 々も…み んな似た ようなも んだ…。 不思議な 縁で結ば れた元
戦友同士 なのさ… 。{次頁 へ|目次 へ}